2011年8月アーカイブ

少し間が空きましたが、先日の日記の続きを...。

今回の京都行きは、来年のコンサートにむけてのお話の為でもありました。
玉木が打ち合わせに行ってくれましたが、来年は大阪の素敵なギャラリーにて
させて頂けそうです。(詳しいお話は玉木光ブログ『Play Time』をご覧下さい)

織部焼の興聖寺さんでも感じたことですが、演奏する者は、決して音楽だけに
打ち込んでいればいいのではなく、美術、焼物、書、文学...さまざまな表現形態に
対して、いつも心の機微を高めていなくてはいけないのだな...と最近感じています。

来年の大阪での「喫茶美術館」さんでのコンサートも、また各地でのコンサートも、
1年かけて、ゆっくりと造りあげていけたら...と思います。

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奈良では、興福寺、東大寺を時間をかけて廻りました。
山田流の現代邦楽のパイオニアであられた中能島欣一先生は、この古都が大変
お好きだったと伺っています。代表的な作品の一つに「法隆寺」が挙げられるほど。
私も実に6年ぶりに訪れて、念願の阿修羅像をはじめ、多くの貴重な寺宝を拝見しました。

CIMG3396.JPG
真夏の太陽が五重塔の上に燦々と...。青空にくっきりと古色の屋根が際立ちました。
数年前、東京国立博物館にも興福寺の阿修羅像がやってきましたが、その時は、残念ながら
拝見することができませんでした。中学時代に歴史の先生が、この像について、本当に感心した
様子で、教科書の写真を示しながら「素晴らしい像ですねぇ。若くてりりしい阿修羅像です。」とお話
されたのが非常に印象強く、先生のその感心した声色を思い出しつつ、「いつか本物を見てみたいなぁ
(出来れば、廻りが静かなところで...)」と度々思っていました。今回は、幸いどこにも出展されていなかった
ので、目出たく初・阿修羅と相成りました。
興福寺の国宝館を見て回りますと、奈良、鎌倉の両時代に作られた仏像のそれぞれの特徴が感じられ
非常に興味深いものがありました。鎌倉時代に至るとかなり写実的になり、興福寺に貢献された高僧の
木像は、何故だか戒められているような気分になるほどの生々しさがありました。
中には、文豪の谷崎潤一郎に似てらっしゃるようなお顔もあり...時代を飛び越えて、「喝!」を入れられた
ような気持ちになりました...。記念に「阿修羅」をイメージしたという匂袋を購入。お箏の爪入れの中に
入れて、これからの本番前の緊張を和らげることにいたします。

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興福寺の後は、すぐ側の「猿沢の池」は行きました。こちらは、山田流の「春日詣」にも歌詞が出てくる
池です。お天気も良いので、少しでも涼を求めて、池の周りにはいい感じに人が集まっていました。

CIMG3410.JPG
「奈良へようこそ〜」な写真になりました。
猿沢の池では、亀も鳩ぽっぽもみんな仲良しで、時間が止まっているようなひと時でした。

CIMG3412.JPG池のほとりの東屋で美味しいお蕎麦と宇治金時を♪ 日本の味はやっぱり良いな〜
奈良公園は「平和」の波長が漂っているのか知りませんが、鹿もこの通り仲良し。

CIMG3418.JPG東大寺は、中学の修学旅行以来でしたが、大仏さまのお顔を拝見したとたん、圧巻と言いますか、
頭の中で、まるで大きな銅鑼が鳴ったような感覚を味わいました。とてつもなく大きくて、豊かなお顔を見ていると、
どうしても先日急逝してしまった演奏仲間の利根英法君のことを思い出さずにはいられませんでした...。
ご冥福を祈り、これまでの「ありがとう」を伝えました。堂内から出ると、どこまでも真っ青な夏空が印象的でした。

「東大寺」、と聞くと、邦楽の演奏家でしたら「大仏開眼供養会」のエピソードをまず思い出します。
大仏さまに命を吹き込むと同時に、日本音楽史上の一大ページェントであった開眼会。私たちも分厚い日本
音楽史の本の中でも、かなりの時間を割いてこれについて学びました。長い建設期間を終え、やっと開眼の儀式
に漕ぎ着けた時、アジアの様々な国々から使節、パフォーマンス集団が集まって、お祝いをしたとのことです。
その折に演奏された多種多様な音楽は、今現在でも稀に見る多様性だったのではないでしょうか?
私たちは二人で、インド系の観光客の方に記念写真を撮っていただきました。最初の開眼の筆をとったのも
同じくインドから招かれた高僧であったとの事です。昔も今も、時代を越えて、様々な国の人々がこの大仏さまに
会いにきたのだなぁ...。航海術も未熟で、日本への渡航も命がけであったろう時代に大変国際色豊かな祭典が
行われたことに、あらためて驚嘆します。

CIMG3424.JPG「お水取り」で有名な二月堂にて。あちらこちらで鹿がご飯中。高台なので、奈良の街並が一望出来ました。

 CIMG3425.JPGかわいい子鹿がお水を飲んでいました。子鹿もお水取り、です。この後、戒壇堂にも訪れて、四天王像を
拝見しました。いやはや、とても素敵でした。

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奈良の翌日は、玉木の親戚の皆さまにお会いするべく福井へ。
実は、福井県は初めてでした。琵琶湖づたいに、福井へ入ると、とても風光明媚でのどかな町でした。
玉木の叔父さまご夫婦に、永平寺にも連れていって頂きました。

CIMG3436.JPG永平寺は、大変立派な伽藍造りで、広大な敷地にも関わらず、掃除が行き届いていて、驚きました。
普通、お寺さんというものは、清らかなものですが、蜘蛛の巣や、窓の桟に塵ひとつないのにはつくづく感心しました。
拝観していると所々で、若い修行僧が一生懸命掃除をしたり、奥の方で、何か甲斐甲斐しく作業されていました。
みなさん、お年が若い割に、お顔に油けがなく、すっきりと健康そうに見えました。

CIMG3435.JPG京都、奈良、福井、と廻りましたが、あらためて日本文化の持つ「静謐さ」に何度も心が癒され、慰められました。
そして、一方で様々な仏像から「気魄」も沢山感じました。興聖寺さん、龍安寺さん、福井の皆様からは沢山の
おもてなしの心を頂きました。そんな中で演奏仲間の悲しいお別れもありました。

   色々な意味で、忘れ難い夏の小旅行となりました。

これから、秋に向けて、イタリア、NYでのリサイタル、南米ツアー、シカゴ等...嬉しいことに演奏の機会に恵まれて
いますが、色々な経験を糧にして一つ一つの演奏を悔いないようにやっていきたいな、と思うばかりです。

7月31日より5泊、京都ー奈良ー福井と廻ってきました。
今回は、めずらしく演奏とは離れての純粋な「旅」となりました。様々な意味で忘れ難いものとなりました。
お陰さまで、演奏を通して、これまでにずいぶんと色々な場所へ行ってきました。
(多分、これからも行くことでしょう!)毎回、毎回が新鮮な発見の連続です。ところが、今回ほど、
「人生」を考えさせられるものはありませんでした... そのくだりを少しずつ、書いていきたいと思います。

京都に着いて、早速「東本願寺」と「西本願寺」を廻りました。
CIMG3372.JPG有名な大銀杏。秋には見事な色に変わることでしょう。

以前、東福寺で演奏させて頂いた時に、この西本願寺のすぐ近くに泊まったので
なんとなく懐かしい気持ちになりました。ただ、どちらともスケールが大き過ぎて
宗教の持つ静謐さというよりは、まず「権威」をひしひしと感じてしまいました...

私の相方の玉木は、高校時代までを日本の京都で過ごしてきました。
なんでも名付け親は、龍安寺の大珠院の和尚様だったそうで、今回はそのお弟子
さんであられた興聖寺のご住職様や、大珠院の現在のご住職様にお会いしてきました。

興聖寺さんは、対外的には大きな声でアピールされておられませんが、古田織部の
菩提寺なのだそうです。私は、以前から織部焼の苔のようなとっぷりとした緑色が好き
で、また人物についても少なからず興味を抱いていました。しかし、ご住職様と2時間
ばかり様々なお話をさせていただいているうちに、自分の織部に対する認識が少し
見誤っていたのだなぁ、と気がつきました。ご住職様のお話は、織部のことから、暮らす
こと(つまり、修行のこと)、音楽のこと、色々な話題に及びました。
ご住職は、結婚という人生の節目に立った私たちに何か「言葉の贈りもの」をされた
かったのでしょうか...随分と懇意にお話くださいました。特に、人生を大きく3つに分ける
考えをお話になったのが印象的でした。

親に育てられ学ぶ時期
結婚し、次の代へ受け継ぐ時期
そして、60才からは何だと思う?

と笑顔でお聞きになったとき、正直私たちはストレートに答える事ができませんでした。
余生?老後?ぽつぽつと頭に浮かびましたが、「余った人生」も「老いた後」もなんだか
語感としても、非常に祖末な意味合いしか持たない、とのことでした。

人生の本番ーなのだそうです。

後で、五木寛之さんが著書で古代インドの人の人生の区切りを示されていた
のを読み、ご住職が仰っていた事と同じだなぁ、と更に感慨深くなりました。
私たちとしても、こうした区切りとなるべき時にこうしたお話を伺えたのは、本当に
有り難いことだと思います。ある「考え」は、本を開き、その都度、考え味わう事が出来
ますが、同じ空間の中で相対し、お話いただいたことは、より深く記憶に刻まれます...
最後にご住職が「あなたのお箏、聴いてみたいなぁ〜」と明るい声で仰ってくださったのが
とても嬉しく、同時に気が引き締まる思いでした。

その後、玉木が開店当時から知っていると言う、料亭「桜田」さんへ伺いました。
「桜田」さんも興聖寺さん同様、HPなどをお持ちでないですし、ガイドブックにどーんと
載せていらっしゃるようなタイプのお店ではないのですが、それはそれは素晴らしい
お店でした。一品一品が、どこまでも細やかで...芸の深さに、もうひれ伏したい気分。

CIMG3379.JPG器から、お料理の出されるタイミングまで、すべてが「自然」。
最後には、お店のオーナー、桜田さんが小道の角を我々が曲がるまで、一礼の
姿勢を崩さずに送ってくださいました。
「おもてなし」の心、をたくさん頂戴しました。

***

CIMG3383.JPG「桜田」さんの後には、玉木の名付け親となってくださった老師が住んで
いらした龍安寺の大珠院へ。私自身も初めて会った時に、「この人の名前は
力があるなぁ」と思ったのですが、名付けて下さった老師はとても人徳厚いお方で
様々な方に影響を与えられたお人だったことが、今回の旅で十分に理解出来ました。

現在のご住職もとっても明るく楽しいお人柄で、お茶を点てて下さり、おもてなしして
下さいました。鏡容池を通って入ってくる夏風がとても気持ちよく、またいいひとときを
過ごさせて頂きました。

写真は、石庭にて。
実は、閉館ギリギリだったのですが、すべりこみで入れて頂きました。
出来れば本当に静かな空気の中で、そこに居たいなぁ、と思っていたので、とても
嬉しく有り難い計らいでした。

CIMG3384.JPG石庭はもちろん、いつまでも見飽きないものでしたが、
板張りの廊下の感触がまた大変気持ちよかったです。

***

こうして、非常に有意義なひとときを廻った各地で過ごさせて頂いたのですが、三山木
の玉木の実家に帰って来たとき、悲しい知らせを聞かねばなりませんでした。
翌日は、急遽、予定を変更して、友人のお通夜へと向かいました...。

先日7月7日のコンサートでもご一緒させて頂き、またこれまでも幾度となく一緒に舞台
を踏んで来た箏曲家の利根英法くん(30才)が東京にて急逝された、という知らせでした。
私はその日、ご住職から人生の意味ですとか、色々なお話を伺って、なんとなく普段以上に
過敏になっていました。ですから、利根くんの急逝の知らせには、文字通り言葉を失いました。
未だに信じられない気持ちです。彼は、非常に人懐っこい穏やかな性格の方で、いつもちょっと
困ったような優しい顔をしていました。いたずら好きな私は、よく利根くんのお腹をぱふぱふ
と触らしてもらっていましたが、今回もアメリカから帰国する時に、「ごまさん(私のあだ名です)、
また日本に帰って来た時は、僕のお腹、触ってくださいね」と面白いメッセージをくれるような、
本当にあったかい人でした。箏の腕前も、素晴らしく数年前には賢順箏曲コンクールで一位を
取り、これからも活躍がとても期待されていました。同業者として、彼の胸の内を想像すれば、
これから本当にやってみたいことが山のようにあっただろうと思います。きっと彼ならではの、
実力と優しさと意欲の伴った素晴らしい活動が展開されたことと想像に難くありません。
大きな、豊かな、やさしい一翼が亡くなってしまったこと...言葉が見つかりません。
こちらに利根英法君のHPをご紹介させて頂きたいと思います。
http://www.tone-hidenori.com/index.html
利根君は、志半ばでお亡くなりなったかもしれませんが、一つ一つの舞台を一生懸命に
こなして、その時々、共演する仲間たちをいつも和ませてくれました。
その思い出は永遠に尽きることがありません。