2011年11月アーカイブ

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翌日は、いよいよアメリカに戻る日だったのですが、最後にもうひとつUPC大学にてワークショップがありました。こちらは、見るからにロックな男の子たちが多く、「おぉ〜これはまた反応が楽しみ」と内心思っていたのですが、WSが終る頃には、大変盛り上がって、ツアーの締めくくりとしてはいい内容だったのではと思いました

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リマの空港は到着時同様、かなり厳しいセキュリティでしたが、何とか無事に通過。

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楽器の検査を受ける我々。渋い顔してます。

 ジャマイカ、ボリビア、ペルーそれぞれの国で、本当に沢山の方々にお世話になりました。それぞれの大使館の関係者の方は、皆さん最後まで見送って下さいました。各国とも、滞在そのものは3〜5日ほどでしたが、短期間で濃縮された数々の出来事、どれも忘れ難いです。

 南米は日系人が多いということもあって、日本の音楽に親しみやすいという土壌があるのかもしれません。今回のような邦楽ショーケースのようなプログラムと平行して、日系の方々のみならず、南米ならではの楽器とのコラボレーションなども興味深いなぁ、と思いました。私も日本で散々裏方作業もさせて頂いたので、とってもわかるのですが、こうした一つのツアーが組まれるのは、その背景にとてつもない人数の方々のサポートがあるので、最後まで無事に行程を全う出来て本当に良かったと心から思います。改めて、お世話になった皆様に感謝申し上げたいと思います。

魅力満載!の南米を訪れる機会を楽しみにこれからも腕を磨いていきたいと思います。

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 NYに着きました!!


翌日は、急遽決まったお話だったのですが、再び日秘会館に訪れ、ご老人に皆さんのアクティヴィティで演奏させて頂きました。みなさん、時には涙をぬぐってしんみりと聴いて下さいました...。ほとんど日系の方々でしたが、遠く離れた故郷を思い出されていたのでしょうか...。

 

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演奏後

 

続いて、国立音楽学校にてのワークショップ。段取りは一昨日同様なのですが、音楽学校ということで、ギター専攻とアルパ専攻の学生さんも壇上にあがって楽器を体験してもらいました。流石に普段楽器を手にしている皆さん、お世辞でなくコツを掴むのが上手で、撥のあたりも、箏の押し手もとても様になっていました。こちらの校長先生も笑顔の温かい素敵な方で、終了後には大好きな薔薇の花束を頂戴しました。

 

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通訳のキャンディさん。

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こちらの花って、サイズが大きい!

 

この夜は、南米でも評判の日本食レストランTOSHIROさんへ伺いました。絶品料理の数々をペルー名物のピスコサワーと一緒に頂きました。TOSHIROさんご本人から、数々の武勇伝、料理のこと、料理仲間のこと(世界中の一流シェフの名前がずらりと並び壮観...)などなど色々とお話を伺っているうちに夜も更けてしまいました。TOSHIROさんは、ペルー大使公邸占拠事件の折、人質になられた方々にお弁当を作られていたそうです。唯一の楽しみである食事に飽きがこないように乱数表まで作ってレシピに苦心されたそうです。プロフェッショナルなTOSHIROさんにあやかりたい!、という事でおててを合わせて頂きました。


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TOSHIROさんと(ピスコが効いて、かなり破顔してます...)

 

 

翌日、11月3日は、日本文化週間のオープニングコンサートで、会場の日秘劇場(Teatro Peruano Japonese)は収容人数1000人以上のかなり大きい会場でした。サウンドチェックと照明チェックには、念を入れました。

 

ボリビアでは、酸素が極薄、という状況でしたが、これと比較すると演奏中の体が非常に軽く感じられました。演奏は体力まかせ、という訳ではないのは勿論なのですが、人間の体は空気と水が必須なのだなぁ、と当たり前のことをしみじみと感じました。

最後の山場ということで気合いが入り、プログラムラストの曲「ジャワリ」では思い切って弾きました。演奏終了後、舞台袖に入った瞬間、三の糸がプチッ。弾き切れしました。舞台上で、大事に至らなくて良かったです。


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コンサート後のレセプションでは、随分と沢山の方がお見えになっていました。偶然にも、この日(113日文化の日)は今年度の会長さんのお誕生日でもあり、また私も11日が誕生日なので、「一緒にロウソクの火を吹いて下さい!」と仰って下さり、思いがけずお祝いに便乗させて頂く形になりました。先日のアクティヴィティの方々も沢山お越しになっていて最後に握手を交わすことが出来ました。中には、97歳のかわいいおばあちゃんも居て、わざわざご足労頂いてありがたいなぁと思いました。


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 みなさん、お元気!


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今井公使、奥様と。また右はペルー滞在中、大変お世話になった大使館の黒田さん。


 To be continued...

遅くなりましたが、ペルー公演に続きです。

インターネットはリアルタイムが肝なのでしょうが、根がアナログなもので、いつものんびりなアップになってしまいます...あしからず。

 

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ボリビアでは、高山病に少々悩まされましたが、ボリビアの空港(高度4000m)で飛行機に乗った途端、それまでのうっすらとした頭痛もなくなり、空気が美味しい事、すぐに体調が元通りになりました。ただ、今回の公演で多少は免疫がついたように思います。

 

ペルー(リマ)に到着し再びシーレベルに戻りました。想像していたよりずっとリマ市は都会で、またアメリカナイズされている、という印象を持ちました。ペルーはこれまで訪れた国の中でも最も荷物のチェックが厳しく、それというのも以前の大使館占拠事件や頻発したテロ事件の名残なのでしょうね。

 

市内には、今でも遺跡が出てくるそうで、その点、頑張って掘削すれば温泉に当たる日本とちょっと似ている(?)ような気もします。到着の夜は、ペルー大使館の黒田さんと、天野さんにワカ・プルリャナ遺跡(紀元前の遺跡だそうです)を眺めながらペルー料理を頂けるレストランに連れて行って頂きました。

 

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遺跡の見えるレストラン


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音楽でなかったら考古学をやりたかった私...。ペルーという国は歴史的にもとっても興味深くて、個人でも演奏でも、ぜひまた行きたいですね。日干しレンガが横でなく縦に積んであるのが印象的でした。

ペルー料理といえば、「セヴィーチェ」を食べてきなさい!と口々に言われました。余程美味しいのだろう、と期待していましたが、本当に日本人にも好まれる味付けでした。しかも、ペルー産のワインとぴったりでした。後で聞きましたが、ペルーは南極からの寒流・フンボルト海流の影響で、曇りがちな天候が多く、またこの海流のお陰で美味しい魚も採れるのだそうです。

 

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翌日は、ペルー日系人協会付属の三線グループのみなさんとのワークショップでした。ペルーには、日系人が沢山いらっしゃり、日秘会館というとても充実した文化施設(大ホールのキャパは1,000席以上)があります。中には移民の歴史をたどったコーナーや、日本食のレストランなどもあって、その充実ぶりには大変驚きました。私の相方は日系4世になるので、私もここ近年日系移民の歴史をよく知りたいという気持ちが常にありますし、日系の方々にとても親近感を感じます。こちらの沖縄の三線グループの皆さんは、もぅ質問を抱えて待ってました!という意気込みでした。指導者なしで、自分たちの三線はこれでいいのかな?という疑問をいつも感じてらっしゃるようで、正確には私たちの演奏する細棹三味線とは違う種類のものなのですが、とにかく「三絃」をひっくるめての関心・好奇心がとても旺盛でした。

 

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中には、手作りで三味線を作った方もいてびっくり!また、マイ細棹三味線をお持ちの方も居て、楽器調整をしてさしあげたりもしました。全員揃うのは難しいようですが、ほぼ毎日練習しているのだそうです。

 

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翌日は、引き続き、サン・マルティン・デ・ポーレス音楽学校にてワークショップ。こちらでは、箏と三味線の歴史を辿りつつ、曲を挿入しながら進行しました。箏は、組歌〜現代曲まで、三味線は、地唄の古典〜現代曲までを紹介させて頂きました。


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大薩摩を演奏中

 

こちらの校長先生はロシアの方で、終了後に色々とお話をさせて頂きました。

 

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翌日、11月1日はツアー中、初めてのオフ日。見所いろいろとありそうなペルーですが、検討した結果、ペルー市内から車で約30分ほどのパチャカマック神殿→旧市街→お土産屋さん巡りという盛り沢山の休日を過ごしました。


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パチャカマック神殿 インカ帝国より以前から建設されていた神殿だそうです。この日は丁度ペルーのお盆にあたる祝日だったので、神殿までの道のりは、お墓参りに持って行く色とりどりのお花屋さんで埋め尽くされていました。広大な丘陵地帯に広がる神殿は、圧巻。

 

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この日ばかりは音楽のことを忘れて、心は古代へ〜

 

旧市街には、スペイン人支配の色濃い建設が目につきました。「黄色」は「幸せ」の色だそうで、町中至るところ、この独特な黄色。また凝った造りのバルコニーも素敵です。

 

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こちらは、大統領官邸


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サン・フランシスコ教会にて こちらにはカタコンブ(地下墓地)もあり...、結構ドキドキしました。

 

夜には、大使代理の今井公使とご一緒させて頂きました。畳のある日本レストランFUJIさんで、まるで日本に居るかのような錯覚。つい数日前まで、ボリビアの高地にいたのが信じられないような夜でした。

 

ツアー中、最長の滞在だったペルー。日記はまだつづきます...。

 

 

 

こちらの写真は、大使公邸でのお庭で。後ろの山の高さ、見て下さい!雲の流れが違いますね〜。

 

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先だっては、着物ショーもこちらの公邸で行われたそうです。この環境での文化紹介。体力気力の要ることですね。

 

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リハ翌日には、インタビューの記事が載っていました。(実は、もう一社大きく載っていましたが、何故か三味線を構えている写真が反転していて、不思議なことになっていました...)

 

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ラパス市民劇場は、滞在していたホテルより少し標高が高かったので、いよいよ本番前の「酸素」が必要になりました。街を見渡せば現地の可愛らしい衣装を着たチョリータさん達も坂道をせっせと登っていて実に元気なのですが、どうやらこちらの人は環境にすっかりアジャストしていて血液の濃度が濃いらしいです。

 

まさか富士山より高い場所で、着付けをして、山田流の弾き歌いをするとは、想像もしていませんでしたが、体調も比較的予想できる程度になってきたので、せっかくの機会!着物もきちんと着て、本番に臨むことにしました。

こちらはリハーサルの様子。脇にちょこんと居るのが酸素くんです。

 

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今まで極寒での野外演奏とか、結構無理もしてきましたが、今回は流石に過去最高に条件が厳しい!と思いました。ただでさえ、本番は呼吸が浅くなりますからね...。曲間にまるで宝塚状態で、酸素吸入しながら臨みました。でも、こんな経験は滅多に出来ません。非常に経験値をアップさせて頂けたと思います!

 

こちらの写真は↓本番中。

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恵子夫人、藤井先生率いるコチャバンバからの合唱団とのコラボレーションは本当に素敵な舞台となりました。もう子どもたちが本当に純粋で、素朴で...。終演後には、文字通りもみくちゃでサイン攻撃にあいました。またいつかあの素晴らしい唄声を聴けるのかな?市民劇場も満員のお客様で、とても温かい反応でした。


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終演後、楽器のパッキングにはかなり時間がかかってしまうのですが、ようやく片付けて外に出ると、自分の楽器を手にしてサインを待っている男の子がいました。片言の日本語で、どうもありがとう、と丁寧におじぎをしてくれて、その純粋さにまた胸をうたれました。ボリビアは体調的には不安定でしが、大使館の皆様から、コラボレーションで共演させて頂いた皆さん、お客さん...との交流がほんとうに忘れ難いものになりました。

 

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ようやくホテルに戻って、今回一番お世話になった渡邊さん、内堀書記官と一緒にぱちり!

本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした。


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翌朝は、早朝のフライトで、起き抜けで頭ガンガン。でも、雲海の広がる朝焼けは素晴らしかったです。ボリビアは、人情の国でした。またぜひ再チャレンジしたいですね。

 

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ジャマイカのお次はボリビアへと飛びました。実は、ボリビアの首都ラパスは相方の大親友の生まれ故郷でもあるので、以前からよく話では聞いていましたが、まさか自分が実際に訪れることになるとは思いませんでした。ラパス空港は、世界一標高の高い所にあります。標高4000mです。機内から出た途端、「空気薄い!!」思わず、ハフハフと呼吸してしまうくらいでした。(ちなみに同行のスミエちゃんは、全然大丈夫)

 

子どもの頃に、両親に北アルプスに連れていかれ、高山病を体験しましたが、少しずつ登っていって罹る高山病に比べ、いきなりジャマイカの海抜0mから飛んだので、思いがけず体調が不安定になってしまいました。ボリビア滞在の3日間は常に酸素ボンベとお友だち。受け入れ先の大使館の渡邊さん、内堀さん、また医務官の野村先生には大変お世話になりました。細やかなご親切は、一生の思い出です。

 

体調は不安定だったのですが、振り返るとボリビア行きは、ボリビアならではの不思議がいっぱいで...、これは奥が深い...なんともスルメ系の国だ!と思わざるを得ません。ぜひ再挑戦したい国となりました。

 

写真は到着した夜に頂いたクィノーアスープ(カタカナ表記これでいいのか不明)つぶつぶの穀物が絶品でした。ラパスはすり鉢状の地形の街なので、ホテルの窓からは山に無数の家の明かりが灯っていて、大変綺麗でした。

 

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 標高が高いので、沸点が80度。熱々のスープではありませんが、美味しかったです。 

 

翌日は、大使公邸にて、大使夫人の恵子さんとのリハーサル。大使夫人は藤間流のお名取りとのことで、地元の学校によるコーラス(藤井先生ご指導による)と併せてコラボレーションをすることになりました。

 

富士山より上の標高とは思えない、素敵な公邸でお庭には鯉まで泳いでいてびっくりしました。「なだ万」出身の若手シェフによる美味しいランチまで頂き、リハーサルの英気を養いました。心づくしのお料理から酸素ボンベの「酸素」まで美味しく感じられるのが不思議でした。リハーサルの途中では、ラ・ソン紙、ラ・ペランサ紙からのインタビューを受け、楽器の説明や今回のプログラムの聴き所などをお話させて頂きました。

 

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インタビュー中です。内堀書記官が、流暢なスペイン語で通訳して下さいました。

 

夜は、コチャバンバという街からお越しになった藤井先生率いる少年少女の合唱団、大使夫人恵子さんとの合同リハーサルがありました。日本では想像し難い事ですが(アメリカでも)、街の地形がすり鉢状のため、移動によって標高が数百メートル、変化するだけで、空気の濃度が変わります。この合同リハの場所が、ホテルより更に高い位置にあったので、思わず階段で息がきれてしまいました。滞在中、ずっとサポートして下さった渡邊さんは、いつも私の酸素状態(?)を気に留めて下さり、酸素マスク付けつつ箏の調弦、等というコントみたいな日々でした。地元の合唱団の皆さんは、もうこんな標高差は慣れっこなのでしょうね。地の底から響くような力強い合唱を聴かせてくれて、リハーサルが終わる頃にはゲンキンなもので、こちらも気力だけはすっかりチャージさせて頂けました。"元気"って移るんですね〜。日本語の歌詞で、まっすぐに歌う皆さんのキラキラした顔を見ていたら、思わず涙がにじんできました...。"まっすぐ歌う"というのは音楽の基本だと思いますが、藤井先生の日頃の熱いご指導がそのまま皆さんに乗り移っているように思われました。リハーサルの後に見たラパスの夜景は、それはそれは綺麗でした。

 

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